谷崎潤一郎「春琴抄」

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マゾヒズムの極致が純愛を育むのか、それとも純愛が人をマゾヒズムに至らしめるのか。

雇い主でもあり師匠でもあり事実上の妻でもある盲目のパートナー春琴(しゅんきん)の顔面を悪人に無残に傷つけられたとき、丁稚でもあり弟子でもあり夫でもある佐助がとった行動は、自分の両目を針で突き刺し、春琴と同じく盲目の世界に足を踏み入れることでした。
傷ついてしまった自分の顔を佐助にだけは絶対に見られたくない春琴(しかし春琴は盲目なので自分の顔面がどう傷ついたのかはもともと見ることができない)、自らも盲目の世界に入ることで春琴の美貌を記憶と網膜の裏にいつまでもとどめ続けることを決心し、春琴の思いに応えた佐助。

「お師匠さま、私はめしい(盲目)になりました」

そう告げた佐助に対し、「それはほんとうか」と言ったきり押し黙る春琴。この間、春琴には様々な思いが駆けめぐったと思います。佐助を盲目に至らしめたことへの罪悪感や懺悔の気持ち、その一方で愛する佐助に自分の醜い顔を見られずにすむという安堵感。

この物語の最大の見せ所が、この無言の数分間にあると思います、鳥肌ものです。


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